手袋と手の温もりと2つのモード〜喫茶猫屋堂整体〜CS60LOHAS北九州緩み
- 管理者

- 10月30日
- 読了時間: 2分
寒い朝が続いている。
目が覚めて、窓の外を見ると、うっすらと白い息が漂っていた。あれほど汗をぬぐいながら過ごした夏の日々が、今では遠い夢のようだ。あの頃は、「この暑さの中に冬なんて本当に来るのだろうか」と思っていたが、やはり季節は巡る。
ただ、ここ数十年は感じる。——同じ季節は二度と来ないのだと。
秋はまるで駆け抜ける旅人のように、ひと息で過ぎ去っていった。
気づけば、風はすでに冬の匂いを運んでいる。乾いた空氣に混じって、どこか懐かしい匂いがする。
今朝、引き出しの奥から手袋を取り出した。
昨年、いくつか試してみたが、やはり行きつくのは防水のものだ。道中で冷えた手を守るには、しなやかで丈夫な素材がよい。ダウン入りの手袋も悪くはないが、厚みのせいで指先の感覚が鈍る。脱ぎ着の度に小さなストレスが生まれ、結局、使わなくなってしまった。
手を温めるというのは、単なる防寒ではない。
私にとって手は、仕事の道具であり、感覚のアンテナであり、そして人を癒すための最も大切な「心の延長」でもある。
手には二つのモードがある。
ひとつは「作業モード」。これは、ものを持ち、動かし、磨き、押し、支えるときの手。もうひとつは「センサーモード」。
この手は、温度を感じ、質感を確かめ、微かな変化を拾い上げる。
たとえば、施術の際に肌の上をなぞると、冷たい部分、硬い部分、呼吸に合わせてわずかに動く筋の流れまで伝わってくる。
その瞬間、手はただの「道具」ではなくなる。
そこに流れる“何か”を受け取り、感じ取り、整えていく。
研ぎ澄まされた職人の感性や、長年の経験を持つ人の指先には、数値では測れない精度が宿る。
手とは、心と世界をつなぐ最初の橋なのだ。
だからこそ、手を労わることが大切だと思う。
手を温め、乾燥から守り、丁寧に使う。
それは単なるケアではなく、「今日もあなたを信じて働く」という小さな誓いのようなもの。
人の身体に触れる仕事をしていると、ふと感じることがある。
「癒し」は、技術や理論の前に、“温度”なのだと。
温かい手で触れられたとき、人は少し安心し、呼吸がゆるむ。
その瞬間、身体の内側に春のような風が通り抜ける。
——寒い冬の朝、
私は手袋をはめながら、そんなことを思い出していた。
手を温めることは、自分の心を温めること。
そして、そのぬくもりは、きっと誰かの心にも届いていくのだろう。
今日も、手のぬくもりとともに。
喫茶猫屋堂整体





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