雲の上、そして空の上、神の視点から見たチラシ配り ― 喫茶猫屋堂整体。CS60LOHAS北九州緩みのある午後 ―
- 管理者

- 10月9日
- 読了時間: 2分
店の近くの交差点で、今日も誰かがチラシを配っている。手元の白い紙が風に揺れ、受け取る人の手に渡るたび、ほんのわずかな「出来事」が生まれる。
受け取る人によって、その紙の意味はまるで違う。同業者なら内容を分析し、価格やサービスを比較する。デザイナーなら文字の配置やフォントのバランスに目を奪われ、構成の妙に唸るかもしれない。紙質の感触を楽しむ人もいれば、クーポン券を見つけて小さな幸せを感じる人もいる。
見る人が違えば、世界はまったく違う顔を見せる。
私も、ふと立ち止まってみる。自分自身を三メートル上空から見つめてみると、そこにチラシを受け取る「私」がいる。少し戸惑いながら、笑顔でお礼を言い、丁寧に折りたたんでバッグにしまう。その姿を上から見ると、思っていたよりも穏やかで、少し滑稽でもある。
さらに高い場所から見てみる。建物が豆粒のように並び、人々が蟻のように歩く。誰もが自分の目的を持ち、それぞれの一日を生きている。けれど、そこには争いも、焦りも、期待も、ほんのひとかけらの優しさもある。
もっと高く——。雲の上、そして空を越えて。
もし「神の視点」があるとすれば、そこには善悪の区別も、損得の感情もないだろう。
チラシを配る人も、受け取る人も、道を渡る人も、みな等しく愛おしい存在として見える。小さな紙切れが風に乗って舞う、その一瞬でさえ、世界の一部として完璧に存在している。
「全ては調和の中にある」そう感じたとき、人の心はやわらかくなる。誰かが笑えば、それだけで空氣がやさしくなる。
誰かが手を伸ばせば、そこに繋がりが生まれる。
CS60LOHAS北九州緩みでの時間も、そんな「調和」の瞬間の連続だ。人が集い、語らい、心と体のリズムを取り戻していく。誰かがほっと息をつくとき、そこにもまた神の視点から見た「幸せの風景」が広がっている。
チラシを配る人、受け取る人、通り過ぎる人。そのすべての中に、神のまなざしが宿っている。今日もまた、世界は静かに息づきながら、誰かの小さな「氣づき」を待っている。
喫茶猫屋堂整体





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