北の風が吹いた午後に 〜喫茶猫屋堂整体。CS60LOHAS北九州緩みの物語〜
- 管理者

- 10月11日
- 読了時間: 3分
北風が街を抜ける午後、
喫茶猫屋堂の扉が、カランと音を立てて開いた。
最初に入ってきたのは──髪の長い女だった。
艶やかな黒髪が肩にかかり、静かに笑うその姿に、店内の空氣が少し柔らかくなる。
彼女は「肩のこりが取れなくてね」と言いながらも、どこか余裕のある目をしていた。
「どうぞ、おかけください」と声をかけると、
すぐ後ろから、二人の男が連れ立って入ってきた。
ひとりはおひとよしな笑顔の男。
人が困っていると放っておけず、誰かの話にすぐうなずくような、やさしい目をしている。
もうひとりは涙もろい男で、最近は何かにつけて目頭を押さえているらしい。
「いやぁ、昨日テレビで犬の再会の番組を見てね……もうダメで」と、
笑いながらも鼻の奥を赤くしていた。
そこへ、店の奥からふらりと現れたのが女好きの男。
彼はまるで風のように生きている。
「おう、今日も綺麗なお嬢さんが来てるじゃないか」
そう言って、すぐさま髪の長い女の隣に座る。
けれども、彼の軽口に女はただ微笑むだけ。
「そういうの、聞き慣れてるの」と、
声を少し低くして言った。
それがまた、場を和ませた。
奥の席には夢追い人がいた。
ギターケースを抱え、旅の途中のような風貌。
「まだ曲が完成しないんだ」とつぶやきながら、
黙って温かいコーヒーをすすっていた。
そして、窓から見えるのが──
煙草をくわえた年配の男性。
その指先に、髪の長い女がマッチを取り出し、静かに煙草の先に火をつけた。
その瞬間、外の空氣が変わった。
柔らかな煙がふわりと立ちのぼり、
誰もが少し黙り込んだ。
それはまるで、過去のどこかに置き忘れた時間が、
ふたたび灯をともしたような、そんな光景だった。
やがて、施術が始まった。
CS60を手に取り、一人ひとりの体に触れていく。
おひとよしの男は、
「こんなに楽になるんですね」と、何度も笑った。
涙もろい男は、「何か……流れていく感じがします」と、
静かに涙をぬぐった。
女好きの男はというと、
「これ、モテる体になるんじゃないか?」と冗談を言い、
夢追い人は、「指があたたかくなってきた」と言って、
ギターを構える仕草をした。
髪の長い女は最後まで静かに受けていた。
終わったあと、ゆっくりと鏡を見て、
「なんだか、顔が明るく見える」と微笑んだ。
北の風が少し冷たくなりはじめた夕方。
店の外に出ると、
夢追い人がギターを弾き始めた。
やわらかなメロディーが、
街の灯りに溶けていく。
涙もろい男はまた目を押さえ、
おひとよしの男は肩を貸し、
女好きの男は笑いながら猫パンを食べている。
そして──髪の長い女は、
誰にも見えない表情で、小さくため息をついた。
「また来るわ。あの光の感じ、忘れられないから。」
そう言って、彼女は夜の街へ消えていった。
その背中に、北の風がやさしく吹いていた。
喫茶猫屋堂整体





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