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浮世絵に息づく空の広がり――藤と海と、広重の見た光の記憶〜喫茶猫屋堂整体〜CS60LOHAS北九州緩み

浮世絵師・歌川広重の「名所江戸百景 亀戸天神境内」。

この一枚の前に立つと、時間の感覚がふっと溶けていく。


画面の手前、藤の花がぶらりと下がっている。

藤棚の下から見上げるような感じで、その紫が風に揺れる。まるで、江戸の春の空氣そのものが、絵の中に閉じ込められているようだ。


広重は、きっと藤が好きだったのだろう。

その房の一本一本にまで、繊細な愛情が宿っている。花の重さ、光の透け方、風に揺れるかすかな影。筆に宿る「間(ま)」の感性が、観る者の心を静かに包みこむ。


この浮世絵はいわば平面のはずなのに、不思議と立体的な空氣の流れを感じる。

藤の奥には松、松の向こうに石垣、橋、そして水面。視線は導かれるように画面の奥へと吸い込まれていく。

画面の中に呼吸がある。

空間が、生きている。


赤い提灯がひとつぶら下がっている。

その灯りは、風に揺れているのか、心に揺れているのか。

藤を眺める人々の背中が、静かな歓びを語っているようだ。季節の匂い、花の香り、潮の音――それらが画面の外にまで広がってくる。


画面上部には、鮮やかな赤いライン。

まるで着物の帯のように画面全体を引き締めている。

海の青との対比が美しく、上方の赤札のようなサインが、まるで一点のアクセントジュエリーのようだ。広重は、色彩と構成を着物のようにまとい、空間の中に「調和の音」を描き出している。


その構成の見事さに感心するほど、絵の中に流れる“見えない線”が浮かび上がる。

藤棚のしなやかなカーブ、松の垂直のリズム、橋のアーチ、石垣の安定感――それらが無意識のうちに一枚の中で呼応している。

まるで自然が呼吸するように、絵が静かに生きているのだ。


そして、ふと氣づく。

広重の描いた世界は、単に「風景」ではない。

そこには、人の心の動きが映っている。藤を見上げたときの微かな高揚、季節の移ろいに宿る切なさ、自然とともに生きる喜び。

江戸の人々が味わったであろうその感情が、時を越えて私たちの心に響いてくる。


藤の花房を通して見える海の青は、まるで未来への窓のようだ。

広重が筆をとっていたその瞬間、彼の中にはどんな風が吹いていたのだろう。

松のざわめき、潮の音、藤の香り――それらが溶け合って、一枚の世界をつくりあげたのだ。


空氣の流れを描くというのは、実はとても難しい。

しかし広重は、光と影、色と形のバランスの中に、確かな“呼吸”を見せている。

それは、空間を認識する能力の極致ともいえる。

平面でありながら、奥行きがある。静止しているようで、動いている。見るたびに新しい発見がある。


藤の紫と、海の青と、帯のような赤。

その三色の響き合いが、まるで音楽のように心を震わせる。

広重の世界は静かで、華やかで、そして深い。


現代に生きる私たちがこの一枚を眺めても、心のどこかに確かな「風」を感じる。

その風は、過去から未来へと流れ続ける、時間の記憶のようなもの。

まるで、藤の花房が垂れ下がるように、やわらかく時をつなぐ糸だ。


――浮世絵の中の風景は、決して過去のものではない。

それは今も、私たちの中で息づいている。


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